読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

親への思い

親に思うことは、この年になると

走馬灯のように、懐かしさと

愛おしさと

親への思いは複雑に湧いてくる。

 

生まれた頃は、日本の戦後の大変な頃

貧乏、不都合、寒い、は当たり前の

昭和25年

 

気がついた頃も貧乏、でも貧乏なんて思わなかった。

普通にみんな貧乏で、寒くって、不都合で。

 

農家だったから、朝から晩まで親は働き

家でのアルバイトが普通にあった。

今思えば、手伝っていたように思う

人手がないから

ネギの出荷、柿の出荷、白菜の出荷作業、

手伝ってひと縛りいくらって感じで、

お正月にはお小遣いとしてもらった気がする。

働くこと、手伝うことを教えてくれた気がする。

 

貧しいからこその知恵だったように思う

そこには兄も弟もいた

家族みんなで当たり前のように手伝った気がする。

 

少し大きくなった頃にはなくなったけれど小学生の頃はずっと

毎年のように、夏には夏の仕事

冬には冬の仕事があったように思う。。。

 

何かを体が覚えていて貧しくとも

忍耐とか感謝とかを身に着けたように思う。

 

時代も変わり

結婚した頃には、随分と贅沢な時代になったけれど

家にはエアコンもなく、テレビも1台しかなく

子育てする頃には一部屋でみんなテレビを見て

一部屋で川の字になって寝てた。

当たり前のように時間を共に過ごしてきた。

二人の子どもたちも大きくなり

それぞれ結婚し家族を持っているが、

 

親が私にしてくれたことを

私は次世代の子たちにしてやってきただろうかと、

問うこともある。

自然に流れ、時の流れ、時代の流れで

人を大事に感謝をする心、身で教えてきただろうか?

嫁ぎ先の親が私に言ってくれた言葉に

 

親の後ろ姿で子は育つからと。

自信のない私はとても安心した覚えがある。

 

昔から

嫁をもらうなら親を見てもらえとも言われた気がする。

なるほど、

子には愛情持って温かい子にと思い育ててきました

そうなったかどうかは分からないけれど、

良い嫁に出会った今は家族を大事にして暮らしています。

親としてはそれだけで大満足です。

 

今は4人の親も亡くなりました。

仏壇の中にいる親には

私の子達が幸せでありますように

孫達を守っていただけますようにと

手を合わしています。

深い意味での感謝です。

 

今後私たちは子たちに

どう不安も与えず、迷惑かけずにいつまでも

子たちを見守れる親でありますようにと

思っています。

 

長生きの時代

老後に至るまで、社会的にも健康で

過ごすことができることが

未来の息子たちに残せる教えのように思います。

精神的にも健康で

肉体的にも元気で

魅力ある価値ある人としての時間を

これから過ごしてゆきたいなと思います。

 

親の生き様が親としての最後の後ろ姿のように思うのです。

親が元気な心と体を身に着けてくれたことに

今は感謝しています。